昨日の配布
昨日は横浜市保土ケ谷区明神台へポスティングに行きました。🏃
2025年6月3日、日本野球界を象徴する存在である長嶋茂雄さんが、肺炎のため89歳で亡くなられました。読売ジャイアンツの終身名誉監督として、そして「ミスター・ジャイアンツ」として、長嶋さんは長きにわたり多くの人々から愛され続けてきました。その訃報に、全国の野球ファンのみならず、多くの人々が深い悲しみに包まれています。
千葉県佐倉市出身の長嶋さんは、1958年に読売ジャイアンツに入団。デビュー1年目にして打率.305、29本塁打、92打点という驚異的な成績を残し、新人王に輝きました。以後、首位打者6回、本塁打王2回、MVP5回など数々の栄誉に輝き、昭和の野球を語る上で欠かせない存在となりました。中でも「天覧試合」でのサヨナラ本塁打や、豪快で芸術的とも言われる三振の姿など、記録以上に記憶に残るプレーの数々が、多くのファンの心に深く刻まれています。
1974年に現役を引退したのちも、指導者として2度にわたりジャイアンツの監督を務め、リーグ優勝5回、日本一2回と、名将としても輝かしい実績を残しました。また、2004年にはアテネ五輪日本代表の監督に就任しますが、その年に脳梗塞で倒れ、一線から離れることとなります。
病を乗り越え、懸命にリハビリを続ける姿は多くの人に勇気を与えました。2013年には松井秀喜さんとともに国民栄誉賞を受賞し、東京ドームでの授賞式では、笑顔で始球式の打席に立つ姿が話題を呼びました。2021年の東京オリンピックでは王貞治さんや松井さんとともに聖火を受け取り、その姿に多くの人が胸を熱くしました。
晩年もイベントなどに顔を出し、ファンの声援に応える長嶋さんの姿には、いつまでも変わらぬ「ミスター」の魅力がありました。その明るい人柄と、野球にかける情熱、そして何より人々を惹きつける存在感は、日本のスポーツ界の中でもひときわ際立つものでした。
長嶋茂雄さんは、ただの野球選手ではなく、日本人にとって特別な存在でした。「記録より記憶に残る男」という言葉がぴったりの人。華やかなプレーの裏にある努力や誠実さ、そして何よりファンを大切にする姿勢が、長年にわたり人々の心をつかみ続けてきたのだと思います。
心から感謝と敬意を込めて、長嶋茂雄さんのご冥福をお祈りします。野球を通じて、これほど多くの夢と感動を届けてくれた「ミスター」、本当にありがとうございました。
今回も無事に配布を完了しました。🫡

※上図は明神台をポスティングした際のGPSデータです


